永遠に生きるかのように学べ

ほぼ読書、ちょっと音楽、このごろキャンプ。

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著者プロフィール

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小学生時代

田舎生まれながら、遅れてファミコンブームの洗礼を受け、ゲームにハマる。
初めて買ったゲームは、デビルワールド。

中学生時代

友人の兄が持っていたパソコン、SHARP MZ-2000に触れて衝撃を受ける。
自分でゲームを作ることの面白さに魅了され、親にPC-8801mk2FRを買ってもらう。
これが自分の将来を決定づけ、IT業界を志望するようになる。
BASICプログラミングにのめりこむが、もっと速く動くゲームが作りたくてZ80マシン語を覚える。

高校生時代

プログラマーを志望していたが、システムエンジニアという職業があることを知って、システムエンジニア志望へ変更。それには理学部応用数学科へ行くべき、という赤の他人の言葉をなぜか鵜呑みにしてしまい、京大理学部を目指すが失敗。

大学、大学院時代

結局浪人の末、なぜか某大工学部機械工学科へ入学。しかしシステムエンジニア志望は変わらず、実験主体の研究室で無理やりシミュレーション研究を行う。金属をこんな形の工具で潰したらどうなるか、みたいな研究。
このころ、バンド サニーデイ・サービスに出会い、渋谷系やインディーズ音楽へ傾倒していく。バンドを組んで女子大の学祭に出演するも、当の女子大生はあまり学祭に来ていなくて閑散としたステージを経験する。
機械工学科だったため、成績優秀な同級生はみなトヨタ系企業へ。漁夫の利で大手IT企業の推薦をゲット。晴れてシステムエンジニアとなる。

社会人時代(~現在)

システムエンジニアとして楽しく仕事をしていたが、人事異動で技術営業的な仕事に変わり、「企業の課題をITで解決する」楽しさを覚える。このころ、本田直之氏のレバレッジ・リーディングを読み、多読に目覚める(現在はかなりペースを落とし気味)。以後、コールセンターを中心にお客様のシステムを構築する仕事へと進み、年次が上がるにつれプロジェクトマネージャの仕事が多くなる。PMPを取得。
社会人の経済力に物を言わせて、フジロックその他ロックフェスに参加するようになる。でもミナミホイールとかのライブサーキットも好き。

 

そんなわけで現在は、仕事で「チームメンバーにいかに動いてもらうか」に悩みながらあくまでも性善説にこだわる40代。信じて頼れば人は応えてくれる、と思っている。