書評 考察・意見

すべての人間は情報弱者である。それがインフォデミックを引き起こす。小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか レビュー

2023年5月27日

東京オリンピックの開会式 楽曲制作担当の小山田圭吾(コーネリアス)氏にまつわるゴタゴタ、まだ覚えている方も多いでしょう。そして、一連の辞任劇が正しかったのか、その後の展開を把握している人はほとんどいない。ごく一部を除いては。
東京五輪に抜擢されるほどの音楽家と、そしていじめの問題。僕はそれを、最初に報道された内容だけ見て、忘れ去っている。こんなに重い問題が、自分の中でゴシップ誌ネタと同じ扱いじゃないか。さすがにまずいな、と思ってこの本を手に取りました。

どういう本か

本のタイトル通り、小山田圭吾氏が、東京五輪開会式の楽曲制作担当となってから、辞任するまで、いや辞任してからも続くバッシング。
もともと、何がきっかけで、どこから始まり、どのように歪められ、広がっていったのか。その原因は。
それらが丁寧に、しかも(報道した人間やメディアの)実名入りで解説されている。これにより、どういう雑誌や新聞が、そして誰が、どういう思惑を以て伝えたかがよくわかる。
もともとは、本人の言動に要因のひとつがあることもきちんと究明されおり、そういう意味でも信頼のできる内容。
さらには今回、きっかけから大炎上まで数十年かかっているので、その間の社会的背景変化、いじめに対する捉え方なども章を割いて説明されている。これがとても良い。極端に言えば、ネット検索エンジンの性能すら、要因のひとつであるわけです。(信ぴょう性の低いサイトでも検索上位に出てしまっていた、という意味で)

何が書いてあるか

幅広く、また長い時間軸にわたって背景から検証してあるため、なかなかまとめるのは難しいです。というわけで、図で書いてみました。R.O.Jというのは、ロッキング・オン・ジャパンという雑誌。

簡単に言えば、本人を含む様々な登場人物が、時には善意を持って情報発信に関わった結果である、ということ。まあ悪意を持って関わっている人のほうが圧倒的に多いわけですが。

この本から何を得るか

もっとも得るものは、小山田圭吾に対するバッシングの真相。しかし、もっと大きなものが得られる。
ものすごく大掛かりな仕組みの中で、僕らは流れてきた情報を信じてしまうようにできている。さすがに2ちゃんに書いてあることを、日のあたるネット界隈で真面目に取り上げる人はいない。でも、誰かがはてなブログに転用し、もっともらしく論説を付けたとしたら。マジで受け取る人が急に増える。そこで、立ち止まって考えられるかどうか。自分が一度信じたものを疑えるかどうか。今回、それなりの知識人(ネットで有名で、情報リテラシーもある人)ですら信じてしまっているのだ。小山田圭吾を叩いていたのがどんな人たちか、Twitterで検索したら、今も出てくるだろう。

それなりに情報リテラシーのある人ですら、ということは、「すべての人間は情弱である」ということなのだ。ここに気づけるのが大きい。
今知っていることが全てとは限らない。新聞や雑誌に書いてあることが正しいとは限らない。そんなこと分かっているのに、「マスコミはもうあまり信用できない」って言いながら、なんだかんだ、テレビや新聞の情報だと信じてしまう。
ネットだって同じこと。怪しい情報だって満載なのに、普段使いこなしている人ほど、いったん信じると危ない。自分の選球眼に自信があるから、それ以上の検証をしない。結局、ぼくら人間は大したことないのだ。事実の検証は大変だから、いちいちやってられないとしても、自分は情弱だという意識を持っておくだけで、本当のことを見極める精度はグッとあがるだろう。

芸能人の恋愛沙汰なんか、「本当のことを見極める」必要はない。でも、重要な問題ですらTwitterで済ませていないか。自問しておきたい。

いじめの解決を間違える可能性

もうひとつ重要な問題として、いじめのことがある。この本ではしっかりと、でも広く浅く触れられているだけなので、いじめについてこの本で全てを分かった気になるのは危ない。ただ、問題意識を持つきっかけとしては十分な説明がされている。

この本を読んで気づけるのは、子供に起きる厄介ごとを「いじめ」という言葉に単純化してしまう事で、問題解決を間違える可能性だ。

学校で起きる、生徒間の様々な揉め事を「いじめ」という言葉でまとめてしまうのは、非常に危ない。学校の外にも様々なストレス源があり、それらが複合的に子供を追い詰めることもある。というか、そのほうが多い。であれば、子供を守る対策も多様であるはずだ。
もちろん、学校でのいじめが主要因である場合もある。これもまた、どちらかで単純化するのは危ないが、「あ~、いじめなのね。だったらこういう手を打ちましょう」となっては危ない。ということ。
こういう視点は全くなかったので、きっかけとしてこの本はとてもありがたかった。もう少し調べてみようと思う。

ともあれ、この本、一読の価値ありです。ぜひおすすめ。

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